谷埋め盛土の地震時安定計算

大規模盛土造成地の変動予測調査ガイドラインの解説に示された2次元断面法による安定計算の試算例

平均的な谷埋め盛土の縦断地形と土層断面図
計算モデル
形状:厚さD≒5m(ひな壇)、地山勾配θ=10度、地下水位は盛土底面から50cmのところにある、盛土の内部摩擦角(盛土最下部の土質)φ'=25度、粘着力c'≒0、単位重量γ=19kN/m3という「一般的な」縦断形状をモデルにしてみます。平常時の安全率はFs=2.46と大きく、一般的な盛土が平常時には高い安定性を有していることがわかります。
地震が発生しても地下水処理が十分なところでは過剰間隙水圧は発生しません
大地震のkhは0.25を採用し地域別補正係数を掛けることになっています。ここでは地域別補正係数Z=1.0として計算しています。平常時にFs=2.46だった盛土は、大地震時にはFs=1.01まで安全率を低下させます。もう少し地山傾斜角が急だったら1.0を割り込むでしょう。でも一応Fs>1.0となっていますので、「ガイドラインの解説」の計画安全率1.0を上回っています。過剰間隙水圧さえ発生しなければ危険にはならない盛土ということでしょう(か?ここまでぎりぎりだと局部的にであっても何らかの変状がでるでしょう)。
過剰間隙水圧が作用するとひとたまりもありません
過剰間隙水圧がどの程度作用するのかというのは、よくわかりません。「ガイドラインの解説」では、土の排水条件に合わせた土質試験により推定することになっていますが、そんな難しいことが実際どの程度できるのかどうかわかりません。能登有料道路の盛土崩壊の排水条件はなんだったのかということをコメントした報告にまだ出会っていません。崩壊したものでもわからないのに崩壊していないものがわかるのでしょうか?このため結局の所は、なんらかの「根拠」でエイヤアと決めるということになると思います。そのエイヤアがどうなるのかわかりませんが、一つの根拠として、阪神大震災の変動・非変動データセットを側方抵抗を考慮した安定解析でキャリブレーションしたときには、+3.0mの過剰間隙水圧で変動・非変動が安全率により説明できましたので、その値を使うというものです。これは過剰間隙水圧比B-bar≒0.3に相当しますので、あまり大きいとは言えません(B-bar=0のときは過剰間隙水圧ゼロ、1の時は完全液状化)。ただ、その時には側部抵抗力を考慮していますから2次元解析では安全率の低下に大きく寄与してしまいます。側部抵抗効果を見込まない2次元解析で「演繹的安全率」を算出するということはとても難しいことです。
3mの過剰間隙水圧を作用させると、安全率はFs=0.66まで一気に下がります。側部抵抗がないのでどうしてもそうなってしまいます。試しに、φ'=30、35度にしてみると、安全率はFs=0.81、0.98となり上昇しますが、盛土底面の膿んでいる(専門用語の俗語です)ところに35度はちょっと過大でしょう。となると、危険区域に指定するかどうかの最後の関門では、ほぼ全ての盛土が「危険判定」となるかもしれません。
対策工を考えるのはまた別の問題があります。変動予測調査は公共事業ですが、対策工は民民事業です。ということは書類よりも結果が圧倒的に優先されるため、計算ミスがなくても滑動したら賠償問題です。土は物性がばらつきますし、不確定要素もいろいろあります。そのなかで「ガイドラインの解説」に記されている計画安全率1.0を満たしていれば良いだけでしょうか。たぶんそれは怖すぎます。物性値などにばらつきがあるとすると、安全率1.0というのは、50%の確率でFs<1.0が存在するということです。2回に1回滑動していたらたいへんなことになります。せめて95%は大丈夫です、というものでないといけないでしょう。
確定論的安全率と確率論的安全率
確定論的手法と確率論的手法というのがあります。確定論的手法では、バチバチと数値が決められています。計算結果も唯一の値が算出されます。計画安全率1.0もそうです。0.99はアウトで、1.01はOKというふうになります。しかし、計画安全率1.0が地盤問題に関しては評価手段として厳しいことは技術者はよく知っていますので、そこに至る過程で土質強度パラメータ等に「安全側」という理由で下駄を履かせます。実際のところは相対的に高い安全率にシフトさせておいて、最も安全率が不利になる条件でも大丈夫ということをやっています。これは実は定性的確率論的手法と言えるものなのですが、土質試験などでバッチリ数字が出てしまうと「調整代(しろ)」がどんどんなくなってきて追いつめられます。3次元の運動を2次元で便宜的に評価する手法を用いて、土質試験という正味の値を使うのは冒険かもしれません。いまの安全率状態が評価しやすい地すべりにおいても、土質試験値をそのままつかった安定解析というのはなかなかできていないのです(周縁部摩擦効果を考慮した3次元安定解析ではできていますが)。
実測値のみを使って、安定性を演繹的に評価するのであれば、少なくとも地すべりと同様に周縁部摩擦を考慮した3次元安定解析的な手法でやらないとうまくいきません。実際、2次元解析ではどうやっても兵庫県南部地震の際の変動・非変動現象を分離することはできません。土質試験結果を使うという演繹的手法に、現象をキャリブレーションすることで帰納法として使われている断面2次元式を使うという組み合わせは、油と水のカクテルを作るように難しいものです。「簡易さ」を追求するあまり、適用時に「超難解」になるという事態が起きてしまうような感じです。2次元解析は、計算が簡単なだけであって、適用はとても難しい手法なのです。
瑕疵を回避する設計方法
設計・施工者が瑕疵に問われないようにするためには、対策工の確実度をある程度わかるようにして、対策工のグレードをつけることが重要です。大丈夫度を67%、95%、99%というようなグレードに分けて、予算に応じてリスクも受け入れてもらうということが大切なのではないでしょうか。演繹的な流れできて、計画安全率を確定論的に1.0とするのは、瑕疵を覚悟して仕事をするような捨て身の感じがします。平均安全率をもう少し大きい値側にシフトして、1.0を下まわる確率(これが真の値ということはできませんが)を施主の方にも理解してもらうということが必要でしょう。対策にも松・竹・梅があるということを説明して納得してもらって施工するという段取りが大事です。
※現場や被災時例から普通に得られるデータ以外の項目が使われている解析方法は、未来の解析手法です。現場からデータが取得できるようにならないと実用性を持ちません。「現場主義」というのはそういうことを言います。現場を見に行くだけのことではありません。
対策工設計の勘どころ
谷埋め盛土の滑動崩落は、阪神大震災の例では、3階建てのマンションの杭基礎で止められていますので、抑止力が大きくないことがわかります。しかし、杭基礎の手前で盛土地盤は大きく隆起し変形し、盛土全体に変形は及んでいました。このため、その上に建っていた家屋は見かけ上はわかりにくかったのですが、大きく歪み全壊となりました。このことから、末端部等に一点集中型の対策工は、全体の滑動を止めることはできても、盛土内の変形を止められないので不適な対策といえます。

末端部に一点集中型の対策例(アンカー工の例)

盛土全体に分散して対策工を配置する必要がある(アンカー工の例)
分散型対策が必要な理由は、盛土自体の剛性が小さいことと、抑止工が滑動力自体を減じる効果をもたないことです。このため、全体の滑動力を小さくするためには抑止工のみで考えるよりも過剰間隙水圧の発生をなくしてしまうことが効果的で、「地下水排除工」「間隙水圧消散工」「側部抵抗力導入工(幅/深さ比の改善)」が最適な工法であるといえます。そして、対策効果の足し算として、たとえば保孔管に剛性の強い材料(高耐食性メッキ鋼管など)を用いてせん断抑止効果を持たせるということが効果的になります。

高耐食性メッキ鋼管を用いた地下水排除工と間隙水圧消散工の組み合わせ
(保孔管はその材料のせん断力によって抑止効果をもつ)
分散型対策工を行う場合には、必要に応じて現存する家屋の敷地内で工事をする必要があります。このため、大型機械は入りませんので、小型機械で簡易にかつ安価に施工できる工法が必要になります。
 
■地震時の盛土安定性についての再考
〜2007年能登半島地震でわかったこと〜
■国土交通省 都市・地域整備局
   「宅地耐震化」のページ
■谷埋め盛土の地震時危険度自己診断 ■政府広報オンライン
   「宅地耐震化」
■谷埋め盛土の地震時滑動崩落の安定計算手法 ハウスPDR工法のFLASHムービー(縦打ちパイプ工法)
■豪雨と地震に対して効果を発揮した斜面安定化対策の2つの事例 団塊の世代必見!
宅地盛土の耐震化で大地震から財産と生命=家族の生活を守る
■兵庫県南部地震で実証された造成地盤の危険性
■サビレス管の強度試験結果
太田ジオのホームページへ  2007.6.9掲載
※「恒久集水ボーリング保孔管(サビレス100)」「恒久排水補強パイプ(PDR)および耐震補強工法」は資材・工法ともに知的財産権で保護されています。ただし、施工に関しては制約をかけておりませんので、どの工務店さんでも「恒久排水補強パイプ」を用いて施工することができます。