地震時の盛土安定性についての再考
〜2007年能登半島地震でわかったこと〜
地震時の宅地盛土

長岡市高町で起きた谷埋め盛土崩壊
■谷埋め盛土の地震時問題
谷を埋めて造成される盛土が地震時に弱いことが顕著に認識されたのは、1995年兵庫県南部地震において阪神間で約200箇所もの宅地谷埋め盛土が滑動・変形し、多くの被害が発生したことからでした。

■大きな動き
2004年新潟県中越地震で、長岡市の宅地造成地において顕著な谷埋め盛土変動が発生し、マスコミで繰り返し報道されたことにより、従来考えられていた現象とは異なるメカニズムであるため新たな対策が必要という認識が広がりました。

■宅地盛土施工不良が多い?
しかし、一方では宅地盛土は民間事業であることが多く、都市公団や公共事業で造成される盛土と比べて、施工不良が多いのが原因との見解も根強くありました。中越地震の直前に大雨があったのでそれも「特別な」原因の一つであるとの見解もありました。
 

震度と谷埋め盛土被災の分布図
■兵庫県南部地震でわかったこと
この地震では数多くの「変動した盛土」と「変動しなかった盛土」のデータが得られました(京大釜井俊孝先生の研究)。そして、特徴的なことがわかりました。

(1)変動は震度6以上の地域に起きること
 
(2)幅/深さ比が10以上の横断形状のところが変動すること
 
(3)埋積した谷の傾斜には相関がほとんどなく、従来型の2次元安定解析では変動・非変動の区分が不能であること←新しい変動メカニズム論が必要であること

そしてこれらは、他の地震(直下型地震)でも当てはまることがわかりました。

幅/深さ比(横断形状)が圧倒的な要因となる

・2次元解析ではうまく表現できない
・地震時の道路盛土(能登有料道路)

能登有料道路で崩壊した沢埋め盛土
■2007年能登半島地震では
能登有料道路の谷埋め(沢埋め)盛土箇所が、11箇所も崩壊しました。切土の変状は全くありませんでした。この場所は震度6強程度の揺れだったと思われます。地震の前に雨はありませんでした。
※読者の方から「谷埋め盛土だけではなく腹付け盛土も含まれていたのでは?」というご質問を頂戴しました。「腹付け盛土」という用語は、本来”既にあるものに付け足す盛土”のことです。最近、個人的なイメージで用語を使う方の影響で、浅い谷を盛ったものを”腹付け盛土”と呼ぶケースが出てきました。この場合の”腹付け盛土”は、”側方抵抗の影響が小さい幅広(幅/深さ比が大きい)の谷埋め盛土盛土”ということになります。

■施工不良・雨の影響だけではない
能登有料道路の盛土法面の選択的崩壊は、民間宅地と比べて施工管理が行き届いている公共事業の道路建設であったことから、施工不良が全ての箇所で起きていたとは考え難く、また直前に雨はなく降雨の影響による地下水位上昇が原因でもないことがはっきりしました。
これは、逆にとらえれば宅地盛土の地震時変動も、個別の特別の理由によって起きたものではなく、普遍的に起きる現象だということを示しています。

変状がなかった工事中の盛土
■施工中の盛土は全く変状がない(左の写真)
崩壊を起こしたそばで、道路の4車線化工事をしている箇所の盛土に全く変状が発生していませんでした。舗装もされていないので、降雨などによる浸透水が多いという不利な条件にある盛土が変状しないということはどういうことでしょうか。

■盛土が地震時に安定する条件は
最近の研究から、「十分な締め固め」と「地下水の排除」が重要だということがわかっています。施工直後の盛土は、少なくとも十分な締め固めができていると考えて良いと思います。では古い盛土は、締め固めが不十分になるのでしょうか?
・盛土の特徴と安定性の評価

一般的な盛土の強度分布(釜井先生原図)
■盛土の経年変化
盛土は年月が経つとどんどん強くなってくるという見解があります。たしかにそう見えることはあります。しかしそれは本当かどうかわかりません。思いこみだけかもしれません。

■地山と盛土の境界部の時間的変化
左の図は、盛土を簡易動的コーン貫入試験で調査した結果です(阪神の事例です)。現地調査をした経験のある人であれば、よく知られていることですが、地山と盛土の境界部は非常に弱い強度の部分があります。その原因として「旧表土が残っているから」という見解もありますが、自然斜面において崖錐層と地山との境界部にも同じ現象があることから、おそらくこれは地下水流動の影響と考えられます。盛土底面(=地山上面)はもともと谷地形ですから、地下水を集め、地下水が流れています。地下水が流れると、盛土中の細粒分を一緒にもっていってしまいます。このため、地山とその上位の土砂層(盛土の場合も崖錐層の場合もある)との境界部は時間の経過とともに緩い状態になっていきます。

■境界部が揺らされるとどうなるでしょうか
細粒分が流されてスカスカになった場所が、地震の強震動で揺らされるとどうなるでしょうか。ゆるゆるなので締まろうとするでしょう。そのとき体積が小さくなろうという現象が起きます。しかしそこには飽和した地下水があって、急激に逃げる場所がありません。このため、その場所より上にある土の荷重が一気に水圧としてかかってきます。これを「過剰間隙水圧」と呼びます。地震時の現象としてよく知られている「液状化現象」も同じように過剰間隙水圧によって発生します。過剰間隙水圧が、上側にある土の荷重と同等になると、そこには土のせん断強度はもうありません。水と同じになります。

谷埋め盛土の単純化モデル
■地山と盛土の境界部の強度がなくなるとどうなるでしょう
過剰間隙水圧の影響で、地山と盛土の境界部の強度がなくなれば、2次元断面的に考えれば、僅かな傾斜がついているだけでその上側の土は移動しはじめるでしょう。阪神の事例で、地山の傾斜角と変動・非変動の相関がなかったのは、これで説明がつくかもしれません。しかし、これではほとんどすべての盛土で変動が起こるはずですが、実際には幅/深さ比が10以上の「平べったい」盛土が動いていて、それより「厚ぼったり」した盛土は変動していません。「平べったい」と「厚ぼったり」の違いは、底面と側面の面積比率の違いです。簡単に考えると側面には地下水流がありませんから細粒分が流されてゆるゆるになった場所もありませんし、地下水も少ないはずですから過剰間隙水圧が発生しにくく、土の強度はそこそこ発揮されるはずです。側面の面積比率が高いと変動しにくくなるのかもしれません。
■側面の抵抗力を考慮すると、変動・非変動が分かれた
そこで、側面の抵抗力と、底面の抵抗力をそれぞれ考慮して、超簡易3次元解析をしてみると、左図のように変動・非変動が「安全率」という指標でもかなりうまく区分されるようになりました。

■地震時の盛土の安定性評価の定性的考え方
(1)盛土と地山の境界部には地下水が流れ、施工後の時間的な経過によって細粒分を流出させ、ゆるゆる・スカスカ状態となっているものが多い(現在の標準的な地下水排除施設の条件では)
(2)地震が起きると、そのゆるゆる・スカスカ部に過剰間隙水圧が作用して、土のせん断強度が極度に低下する状況が発生する。このため、僅かな傾斜でも盛土は滑り出す。
(3)変動しにくい盛土は、過剰間隙水圧が作用しない側面の面積比率が大きい「厚ぼったい」盛土形状。

対策を前提とした2次元解析モデル
■解析方法
上記の定性的な現象を、「現実的に」現場で収集できるデータを用いて定量的に評価するしくみを考えればよいことになります。その方法としては、

(1)変動・非変動を判別しながら評価する方法
 側面の抵抗力を考慮した3次元的な計算を行うことになります(参考文献3参照)。

(2)変動するものとして評価する方法
 2次元断面で、過剰間隙水圧比を仮定して安全率を評価します。この方法では変動・非変動の判定はできません。(B-bar Method;B-bar=過剰間隙水圧比;上載荷重と水圧の比率;B-bar=1で液状化、B-bar=0で常時の状態)
・対策工の考え方

鉄道盛土
■どこまで解析的にできるか
2次元的なモデルでは現象を説明することはできません。3次元的なモデルを建てれば詳細な解析可能かというと、そうでもありません。それは、形状データ、土質データ等を得るだけの調査量を確保することが「現実的でない」からです。なぜなら、盛土の地震時対策工が「予防工」であるため、安価であることが最大の価値をもつからです。被災箇所を手厚く調査し高価に対策することができる事後対策型の手法はとれません。現地で容易に取得できるデータで、対策工の設計精度に対応した解析を行うというバランスを考える必要があります。学術的で細かければよいといことはありません。

■対策に必要な要件
H17年度土木研究所講演会資料では、道路の沢埋め盛土の要件として、
(1)十分な排水施設(地下排水・側溝・横断排水)
(2)地山処理(崖錐掘削、段切り)
(3)丁寧な締め固め
の3つの要件を示しています。

■いまの設計仕様で避けられないこと
能登有料道路は上記の要件を満たしていたと仮定すると、(2)地山処理と(3)締め固めの効果を、(1)の排水施設が維持しきれなかったということが原因だと思われます。まず第一に、排水施設の機能を現在の仕様よりアップさせることが必要でしょう。できれば、人間が入っていって管理できるくらいの十分な施設があると言うことありません。ただ、これは設計基準を変えたとしても、新設の場合にしか適用できません。

■既存の盛土はどうするか
これからつくる盛土に関しては、設計仕様を変更することである程度対応できると思います。しかしすでにできあがってしまっている盛土を取り壊して作り直すということは現実的ではありません。現実的な対策としては、
(1)の要件を補充するため、排水施設を追加する(排水補強パイプ;左写真)
(2)および(3)の要件を補充するため、盛土に強度を補充する
という考え方になるでしょう。上記土木研究所講演会資料では、「排水管の打設+法尻の布団篭工」が例示されています。左の写真は、恒久排水補強パイプの施工例です。

■対策の本音
盛土は水がなければ地震時に崩れることはありません(土質が悪かったり、急勾配でなければ)。しかし完全に盛土内から地下水を排除しきることは容易ではありません。本音は、何もしていない「丸腰の盛土」がマズイのであって、地下水も減らし過剰間隙水圧の消散もでき、しかもせん断補強材となるパイプを打撃挿入することにより「武器を持った盛土」に変身させてしまえば天と地ほど状況が変わるということです。極端に言えば特別な解析は必要ありません。昭和47年当時に実験をされていた先生にお話を聞いたところ、排水のためのパイプだったが、鋼材による補強効果の方が強いように感じたとのことでした。武器になり得るわけです。

宅地擁壁

高速道路の盛土
・過去の研究例

報告書では設計方法まで示されている
■1968年十勝沖地震
国鉄は、昭和43年5月16日の十勝沖地震で東北本線の鉄道盛土が大きな被害を発生したことから、盛土の耐震対策の研究を行い、大型震動大実験を用いて「現象の再現」→「メカニズム」→「対策工」について報告しています。(”盛土の耐震設計に関する研究報告書”昭和47年)
そして、盛土の崩壊は地震時の過剰間隙水圧が主原因であることをつきとめ、「過剰間隙水圧対策を抜きにした盛土の耐震対策はあり得ない」という結論を出しています。
その後地震の静穏期だったこともあって、盛土の地震時対策についての研究や工法開発も静穏期に入っていたようです。
・文   献
(1)松尾修、寺田秀樹(2005);”新潟県中越地震の被害の特徴と今後の課題〜土砂災害と道路土工施設災害を中心として”、平成17年度土木研究所講演会資料
(2)釜井俊孝、守随治雄(2002);『斜面防災都市〜都市における斜面災害の予測と対策〜』理工図書
(3)太田英将・榎田充哉(2006);谷埋め盛土の地震時滑動崩落の安定計算手法DS1「既設造成宅地の耐震性調査から対策まで」、(社)地盤工学会関東支部
(4)太田英将(2006);”盛土の耐震設計−設計・工事−”、全国建設研修センターテキスト
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2007年4月20日