大規模宅地盛土の第二次スクリーニング候補地選定の考え方(案)

(2009.3.1)

最近、コンサルさんや行政の方から、大規模造成地の盛土の地震時安定計算の問い合わせが時々あります。すべての質問に共通しているのは、1次スクリーニング後の安定計算(危険度評価と言った方が正確)と、2次スクリーニングの安定計算を混同されていることです。

 下記に示すように、第一次スクリーニングで抽出された盛土を「危険度」という尺度で評価することになっています。そして、その結果を基に、第二次スクリーニングする盛土を選別あるいは優先の序列化を行うことになります。


 3.3 第二次スクリーニング計画の作成(p41):大規模盛土造成地の規模等を基に第二次スクリーニング計画を作成する。
【解 説】
第二次スクリーニングの対象となる大規模盛土造成地は、地方自治体ごとに多数抽出されるものと考えられる。そのため、第二次スクリーニングを優先的に行う大規模盛土造成地の箇所等を定めた計画を作成する必要がある。
まず、V.2.1において収集した資料より大規模盛土造成地上に人家、道路等が存在するか否かを確認する。また可能であれば人家戸数などの保全対象の規模、種別(例えば国道と県道の等)などを確認し、V.2.2及びV.2.3で得られた大規模盛土造成地の位置及び規模を踏まえ、第二次スクリーニング計画を作成する。この際、大規模盛土造成地の滑動崩落の危険性や社会的影響を反映させることも考えられる。盛土造成地の危険度を評価する手法の参考例を参考3.3に示す。


大規模盛土造成地の変動予測調査ガイドライン」に示されている点数法については、このガイドライン以外に書かれているものはありませんし、それをつくるのに全く関わっていないので、私では解説できません。兵庫県南部地震時の阪神間で発生したデータに基づいてつくられているようですが、、盛土厚の重みがとても大きいように感じます。

当社のHPにある「谷埋め盛土宅地の地震時危険度自己診断」には、釜井先生の『斜面防災都市』で数量化解析により求められた推定手法(一種の点数法になります)と、その結果を力学的に解釈して組み立てられた力学モデル(太田-榎田モデル;側方抵抗モデル)を紹介しています。この力学モデルは、ガイドラインのp.87に示されています。ただここは第二次スクリーニングで行う安定解析手法のところにありますが、どちらかというと第一次スクリーニング後に用いる手法です。なぜなら、入力パラメータは第一次スクリーニングで得られる諸元のみだからです。もちろん第二次スクリーニング時の安定計算に使っても良いわけですが、ボーリングや土質試験などで細かいことまでわかるのであれば、詳細な3次元安定解析を行えば良いと思います。(ガイドラインでは2次元断面法の解析を標準とされていますので、かなり安全側の答になると思います)


第二次スクリーニングは、ガイドラインにも示されるように、現地調査と安定計算を行うことになります。

現地調査を行う際には、調査する内容がその後どのように活かされるのかということを十分イメージして行うことが大切です。たくさんの調査を行えば詳しく盛土の性状を把握することができますが、当然費用もかさみます。把握された性状が対策に活かされなければ投資の意味がありませんので、専門家とよく相談してください。

安定計算については、下記のように定められています。地すべりの安定解析をやっている人達にとっては、いつもやっている計算ですが、本質的に異なる部分があります。それは、この記述の内容は、「順算法」だということです。

X.1 で得られた結果を基に、安定計算により、地震力及びその盛土の自重による当該
盛土の滑り出す力がその滑り面に対する最大摩擦抵抗力その他の抵抗力を上回るか否か
を確認する。地震力については当該盛土の自重に、水平震度として0.25 に建築基準法施
行令第八十八条第一項に規定するZ の数値を乗じて得た数値を乗じて得た数値とする。

解説欄には、以下のように書かれています。
盛土の滑り面については、複数の円弧又は直線に近似できることを想定している。この場合、安定計算は二次元の分割法による計算を基本とし、あわせて三次元効果を取り入れた安定解析(以下「三次元安定解析」という。)による計算を行うことも可能であるが、二次元安定解析で算出される安全率と比較して、一般的に、三次元安定解析で算出される安全率は1.0 から1.3 倍程度に大きくなる傾向がある。

この仮定は、谷埋め盛土の地震時滑動崩落現象が、2次元断面で近似できることを前提としています。地すべりの安定解析などでは、すでに変状がでている地すべりブロックを対象に行われますので、「現況安全率」というものが仮定でき、それによって「逆解析」が行われて「現状との摺り合わせ」が行われます。すなわち、いまちょうど滑動力と抵抗力が釣り合っている状態なので、現況安全率Fs=1.00と仮定する、などという仮定が成り立ち、それらの調整をすべり面強度で行うことができるわけです。

一方、宅地谷埋め盛土の安全率で、地震時に滑動するときの安全率を仮定することはできません。理屈上は地震時に、Fs=0.99であってもFs=0.50であっても「滑動する」ということにかわりがないからです。このため逆解析による現状との摺り合わせができない、というジレンマがあります。鍵を握るのは、地震時に土中で発生する過剰間隙水圧です。

ガイドラインでは、過剰間隙水圧については下記のように記述されています。しかし、私はこれをコンサルティングすることはできません。その理由は、(1)抵抗力の中で側部抵抗が占める割合が大きいことがわかっているのですが、2次元断面法ではその項目がないのですべり面強度などで調整する必要がありますが、盛土の幅/深さ比によってその割合は異なるので、調整する良い方法が思いつかないこと、(2)繰り返し三軸試験に用いるサンプルを盛土と地山の境界部の「膿んだ場所」から採取する方法が思いつかないこと、などです。これらの理由から順算法により安全率を計算するということは、相当難しいと覚悟しておいた方がよいと思います(私にはわかりません)。

全応力法で解析する場合には、地震時に土中に発生する間隙水圧を考慮しないで土の
透水性に見合った排水条件による静的試験から求めた強度定数を用いる。有効応力法
で解析する場合には地震時に土中に発生する間隙水圧は、間隙水圧の測定を伴う繰り
返し三軸試験などから求めることができる。

私が合理的と考える安定計算手法については、第二次スクリーニングが本格的に始まって、その種の問い合わせが増えてきたら、また記述させていただきたいと思います。今の時点で簡単に言いますと、以下のようになります。

(1)側方抵抗モデルで概略的な安定度はわかる;なぜならこの手法は阪神地域で発生した数多くの事例で逆解析されたものなので、大はずれがない。また、対策として過剰間隙水圧を発生しないようにするという手法を用いれば、安全率がどの程度になるのか比較的容易に把握することができ、この種の対策工の設計精度としては十分だと考えられること。

(2)詳細な3次元安定解析が適しているが、そのためには必要な作業がまだなされていない;必要な作業とは、阪神地域で発生した事例を詳細な3次元安定解析に用いるデータの精度で再検討する必要があるからです。いくら詳細な手法であっても、不明なことが多いので、実際に発生した現象にフィットさせる(逆解析する)という作業を経ないと実用にならないからです。


すでに、第二次スクリーニングで安定計算が必要になった方々へのアドバイスとしては、
■とりあえず、過剰間隙水圧抜きで地震時安定計算をしてみる。「過剰間隙水圧がなければ滑動崩落しないだろう」と考えられる盛土に対しては、現状安全率が1.0〜1.2程度になるかどうかをチェックする。次に、過剰間隙水圧を加えて計算してみる。そのとき、安全率が1.0を下まわるかどうかチェックする(たぶんほとんどのケースで下まわると思います)。それに対して、(1)過剰間隙水圧を発生させないようにするための地下水対策で対処するか、(2)必要抑止力を計算して抑止工で対処するか、の判断をする。という手順になると思います。
 
過剰間隙水圧が原因で動く盛土土塊を船に例えれば、前者は池の水を抜いて動かさないようにする方法、後者は浮いたままで力により動かないようにする方法、です。本当に船であれば、後者を選択するでしょうが、盛土の場合には前者が賢明です。


谷埋め盛土宅地の地震時危険度自己診断